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脳卒中片麻痺における「筋緊張亢進」と「弛緩のまま」の違い― 解剖学的・生理学的視点から、ブルンストロームステージとリハ戦略まで ―

脳卒中片麻痺における「筋緊張亢進」と「弛緩のまま」の違い

― 解剖学的・生理学的視点から、ブルンストロームステージとリハ戦略まで ―

脳卒中後の片麻痺では、

  • 時間経過とともに筋緊張が亢進(痙縮)していくケース

  • 弛緩(flaccid)のまま長期間推移するケース

が存在します。

臨床では「なぜこの患者さんは痙縮が強くなるのか」「なぜこの患者さんは全く緊張が上がらないのか」と悩むことも多いでしょう。

本稿では、

  1. 解剖学的背景

  2. 生理学的メカニズム

  3. ブルンストロームステージとの関連

  4. リハビリテーションへの応用

という流れで整理します。


1.筋緊張が亢進する場合の解剖学的背景

① 錐体路(皮質脊髄路)の損傷

主に関与するのは**皮質脊髄路(corticospinal tract)**です。

皮質脊髄路は

  • 一次運動野

  • 内包後脚

  • 脳幹

  • 延髄錐体交叉

  • 脊髄前角

を通り、随意運動の精密制御を担っています。

この経路が損傷すると:

✔ 随意運動の喪失
✔ 抑制系の低下

が生じます。

特に重要なのは「抑制の喪失」です。


② 下行性抑制系の破綻

皮質脊髄路は単に運動を出すだけでなく、

脊髄反射を抑制する役割も担っています。

これが障害されると:

  • 伸張反射の亢進

  • γ運動ニューロンの過活動

  • α運動ニューロンの閾値低下

が生じます。

結果として:

▶ 痙縮
▶ クローヌス
▶ 病的反射

が出現します。

これはいわゆる「上位運動ニューロン症候群」です。


2.弛緩のまま推移する場合の背景

一方で、弛緩が長く続く患者もいます。

考えられる要因は以下です。

① 広範な皮質損傷

一次運動野が広範囲に破壊されると、
単純に「出力そのもの」が失われます。

抑制が外れる以前に、興奮入力が存在しないという状態になります。


② 脊髄前角・末梢寄りの機能低下

以下のようなケースでは弛緩が持続します。

  • 脳幹広範囲損傷

  • 皮質下広範壊死

  • 重度の浮腫持続

  • 高齢・サルコペニア背景

この場合、反射回路自体が十分に機能しません。


③ 可塑性の不十分な発現

痙縮は「異常可塑性」の一形態でもあります。

弛緩持続例では:

  • シナプス再編が弱い

  • 代償経路(網様体脊髄路など)が活性化しない

と考えられます。


3.生理学的メカニズムの違い

項目 痙縮へ移行 弛緩持続
皮質出力 一部残存 広範喪失
抑制系 低下 低下+興奮不足
γ系 過活動 低活動
伸張反射 亢進 低下〜正常以下
可塑性 異常方向へ活性 活性不十分

4.ブルンストロームステージとの関係性

ブルンストロームの回復段階は、

Ⅰ:弛緩
Ⅱ:共同運動出現
Ⅲ:痙縮ピーク
Ⅳ以降:分離運動回復

とされます。

● 痙縮へ移行するケース

Ⅰ→Ⅱ→Ⅲと典型的に進行します。
これは網様体脊髄路などの代償的興奮系の活性化が背景です。

● 弛緩持続ケース

Ⅰのまま停滞します。
共同運動すら出現しません。

ここで重要なのは:

共同運動=回復の一形態である

という視点です。

臨床では痙縮を悪者にしがちですが、
完全弛緩よりも回復段階は進んでいる可能性があります。


5.エビデンスの視点

近年の神経科学では:

  • 痙縮は「脊髄レベルの過興奮+上位抑制低下」

  • 回復は「皮質再編+下行路再編」

と理解されています。

機能回復と痙縮は必ずしも相関しません。

多くの研究で:

▶ 痙縮が強い=回復が悪い
とは言い切れない

と報告されています。

重要なのは:

痙縮の強さではなく、随意運動の質と量

です。


6.リハビリテーションへの応用

【弛緩持続例へのアプローチ】

目的:興奮入力を高める

  • 感覚入力の強化

  • 体重負荷

  • 反復随意運動誘発

  • 電気刺激併用

特に:

早期の立位・荷重刺激は網様体脊髄路活性に有効

と考えられています。


【痙縮優位例へのアプローチ】

目的:選択的運動の獲得

  • 共同運動の中での分離運動練習

  • 低負荷高反復

  • 速度依存性を意識した伸張管理

  • 必要に応じボツリヌス療法併用

ここで大切なのは:

痙縮をゼロにすることではなく、機能的に使えるレベルへ調整すること

です。


7.まとめ

脳卒中片麻痺において:

✔ 痙縮が出るか
✔ 弛緩が続くか

は単なる経過の違いではなく、

解剖学的損傷範囲
+下行性抑制系の残存
+神経可塑性の方向性

によって決まります。

ブルンストロームステージを理解することは、
単なる評価ではなく、

神経生理学的回復過程を読むこと

に他なりません。

臨床で重要なのは:

「この患者は今、どの神経回路を使って動こうとしているのか?」

を見極めることです。

そこが見えた瞬間、
リハビリは“作業”から“戦略”に変わります。