脳卒中片麻痺における「筋緊張亢進」と「弛緩のまま」の違い
― 解剖学的・生理学的視点から、ブルンストロームステージとリハ戦略まで ―
脳卒中後の片麻痺では、
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時間経過とともに筋緊張が亢進(痙縮)していくケース
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弛緩(flaccid)のまま長期間推移するケース
が存在します。
臨床では「なぜこの患者さんは痙縮が強くなるのか」「なぜこの患者さんは全く緊張が上がらないのか」と悩むことも多いでしょう。
本稿では、
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解剖学的背景
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生理学的メカニズム
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ブルンストロームステージとの関連
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リハビリテーションへの応用
という流れで整理します。
1.筋緊張が亢進する場合の解剖学的背景
① 錐体路(皮質脊髄路)の損傷
皮質脊髄路は
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一次運動野
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内包後脚
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脳幹
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延髄錐体交叉
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脊髄前角
を通り、随意運動の精密制御を担っています。
この経路が損傷すると:
✔ 随意運動の喪失
✔ 抑制系の低下
が生じます。
特に重要なのは「抑制の喪失」です。
② 下行性抑制系の破綻
皮質脊髄路は単に運動を出すだけでなく、
脊髄反射を抑制する役割も担っています。
これが障害されると:
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伸張反射の亢進
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γ運動ニューロンの過活動
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α運動ニューロンの閾値低下
が生じます。
結果として:
▶ 痙縮
▶ クローヌス
▶ 病的反射
が出現します。
これはいわゆる「上位運動ニューロン症候群」です。
2.弛緩のまま推移する場合の背景
一方で、弛緩が長く続く患者もいます。
考えられる要因は以下です。
① 広範な皮質損傷
一次運動野が広範囲に破壊されると、
単純に「出力そのもの」が失われます。
抑制が外れる以前に、興奮入力が存在しないという状態になります。
② 脊髄前角・末梢寄りの機能低下
以下のようなケースでは弛緩が持続します。
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脳幹広範囲損傷
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皮質下広範壊死
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重度の浮腫持続
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高齢・サルコペニア背景
この場合、反射回路自体が十分に機能しません。
③ 可塑性の不十分な発現
痙縮は「異常可塑性」の一形態でもあります。
弛緩持続例では:
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シナプス再編が弱い
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代償経路(網様体脊髄路など)が活性化しない
と考えられます。
3.生理学的メカニズムの違い
| 項目 | 痙縮へ移行 | 弛緩持続 |
|---|---|---|
| 皮質出力 | 一部残存 | 広範喪失 |
| 抑制系 | 低下 | 低下+興奮不足 |
| γ系 | 過活動 | 低活動 |
| 伸張反射 | 亢進 | 低下〜正常以下 |
| 可塑性 | 異常方向へ活性 | 活性不十分 |
Ⅰ:弛緩
Ⅱ:共同運動出現
Ⅲ:痙縮ピーク
Ⅳ以降:分離運動回復
とされます。
● 痙縮へ移行するケース
Ⅰ→Ⅱ→Ⅲと典型的に進行します。
これは網様体脊髄路などの代償的興奮系の活性化が背景です。
● 弛緩持続ケース
Ⅰのまま停滞します。
共同運動すら出現しません。
ここで重要なのは:
共同運動=回復の一形態である
という視点です。
臨床では痙縮を悪者にしがちですが、
完全弛緩よりも回復段階は進んでいる可能性があります。
5.エビデンスの視点
近年の神経科学では:
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痙縮は「脊髄レベルの過興奮+上位抑制低下」
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回復は「皮質再編+下行路再編」
と理解されています。
機能回復と痙縮は必ずしも相関しません。
多くの研究で:
▶ 痙縮が強い=回復が悪い
とは言い切れない
と報告されています。
重要なのは:
痙縮の強さではなく、随意運動の質と量
です。
6.リハビリテーションへの応用
【弛緩持続例へのアプローチ】
目的:興奮入力を高める
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感覚入力の強化
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体重負荷
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反復随意運動誘発
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電気刺激併用
特に:
早期の立位・荷重刺激は網様体脊髄路活性に有効
と考えられています。
【痙縮優位例へのアプローチ】
目的:選択的運動の獲得
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共同運動の中での分離運動練習
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低負荷高反復
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速度依存性を意識した伸張管理
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必要に応じボツリヌス療法併用
ここで大切なのは:
痙縮をゼロにすることではなく、機能的に使えるレベルへ調整すること
です。
7.まとめ
脳卒中片麻痺において:
✔ 痙縮が出るか
✔ 弛緩が続くか
は単なる経過の違いではなく、
解剖学的損傷範囲
+下行性抑制系の残存
+神経可塑性の方向性
によって決まります。
ブルンストロームステージを理解することは、
単なる評価ではなく、
神経生理学的回復過程を読むこと
に他なりません。
臨床で重要なのは:
「この患者は今、どの神経回路を使って動こうとしているのか?」
を見極めることです。
そこが見えた瞬間、
リハビリは“作業”から“戦略”に変わります。