―「読影力」ではなく「臨床推論力」を育てるために―
脳卒中や脳外傷、脳腫瘍術後、神経難病など、私たちPT・OT・STが関わる患者さんの多くは、「脳のどこが、どのように障害されたか」によって症状が決まります。
それにもかかわらず、日々の臨床で「麻痺がある」「失語がある」「嚥下が悪い」と、目の前の症状だけを見て介入が進んでしまう場面は少なくありません。
もちろん、目の前の評価と反応は最重要です。
ただ、そこに**脳画像という“背景情報”**が加わるだけで、臨床の質は一段上がります。
この記事では、PT・OT・STが脳画像を見る必要性について、セラピスト目線で整理します。
結論から言うと、必要なのは「診断する力」ではありません。
必要なのは、**脳画像を“機能と結びつけて解釈する力”**です。
1.なぜ今、セラピストに脳画像が必要なのか
1-1.症状の「理由」が見えるようになる
リハビリでは、症状そのものを評価することはできます。
たとえば、
上肢の分離運動が出にくい 立位で右に傾く 注意が続かない 半側空間無視が強い 嚥下反射が遅い
こうした所見は日常的に観察しています。
しかし、脳画像を見ないままだと、評価が「現象の記述」で止まりやすくなります。
一方で脳画像を見ると、
どの部位の損傷がこの症状を引き起こしているのか どの神経回路が影響を受けているのか どの機能が障害されやすく、どこが残りやすいのか
という視点が持てます。
つまり、脳画像は「症状を当てるため」ではなく、
症状の背景を理解するために見るものです。
1-2.“やること”ではなく“考え方”が変わる
脳画像が見られるようになると、介入内容そのものより先に、臨床推論の質が変わります。
たとえば同じ片麻痺でも、病変が違えば意味が変わります。
皮質優位の病変なのか 皮質下(内包・基底核・視床など)なのか 脳幹なのか 小脳なのか
これによって、注目すべきポイントは変わります。
脳画像を見ないと、
「麻痺だから筋力練習」「歩けないから歩行練習」と、介入が“反応型”になりやすい。
脳画像を見られると、
「この人の回復の軸は何か」を考える“戦略型”になります。
2.PT・OT・STに必要なのは「診断」ではない
ここはとても大事です。
セラピストが脳画像を見る必要があると言うと、
「放射線科医みたいに読めないといけないの?」
「MRIの細かい信号変化まで分からないとダメ?」
と不安になる方もいます。
結論は、そこまでは不要です。
セラピストに必要な読めるレベル
セラピストに必要なのは、次のようなレベルです。
右左が分かる 大脳・小脳・脳幹のどこか分かる 皮質か皮質下か分かる 内包・基底核・視床などの主要部位がざっくり分かる 病変の広がりが大まかに分かる それを機能障害と結びつけられる
つまり、必要なのは**「画像を読む力」そのものより、画像を使って考える力」**です。
3.脳画像を見ることで、臨床推論はどう変わるか
ここからは、実際にどんな推論ができるようになるかを整理します。
3-1.病変部位と症状の整合性を確認できる
まず最初に大事なのは、
**「この症状は、この病変で説明できるか?」**を考えることです。
たとえば、
頭頂葉の病変がある → 半側空間無視や身体失認の可能性 前頭葉の病変がある → 注意障害・遂行機能障害・発動性低下の可能性 内包後脚の病変がある → 強い運動麻痺の可能性 視床病変がある → 感覚障害・疼痛・覚醒水準への影響の可能性 脳幹病変がある → 嚥下・構音・眼球運動・姿勢制御への影響の可能性
この整合性が取れていると、評価の優先順位がはっきりします。
逆に整合性が取れないときは、追加の視点が必要になります。
たとえば「画像の病変の割に注意障害が強い」と感じたら、
既往病変の影響はないか せん妄・疲労・睡眠・薬剤の影響はないか 高次脳機能障害の評価がまだ浅くないか
といった、次の推論につながります。
この“違和感”を持てること自体が、臨床推論の力です。
3-2.予後の仮説が立てられる
脳画像は、未来を断定するためではなく、
現実的な予後仮説を立てるために役立ちます。
たとえば、
病変が小さいのか広いのか 皮質が保たれているのか 主要な運動経路(錐体路)に強くかかっていそうか 脳幹病変かどうか 両側性の影響があるか
こうした情報があるだけで、
回復が伸びやすい部分 長期戦になりやすい部分 代償が必要になりやすい部分
を想定しやすくなります。
ここで大事なのは、
**「希望を語る」のではなく「仮説を共有する」**ことです。
予後予測は、患者さんやご家族への説明にも直結します。
同じ患者さんに対して、スタッフごとに見通しがバラバラだと、チーム全体の信頼性が下がります。
脳画像を共通言語にすると、説明の軸がそろいやすくなります。
3-3.“何を主軸に攻めるか”を決めやすくなる
臨床で一番難しいのは、「何をするか」よりも、
**“何を主軸にするか”**を決めることです。
脳画像を見ないと、つい「全部大事だから全部やる」になりやすい。
でも実際は、時間も体力も限られています。
脳画像を見ながら考えると、例えば次のような主軸が見えてきます。
運動出力そのものの再建を狙うのか 感覚入力の再構築を主軸にするのか 体幹・姿勢制御を土台にするのか 注意・認知の補償を先に進めるのか 視覚代償を積極的に使うのか 嚥下・呼吸・覚醒の安全性を最優先するのか
この「主軸」を決める力が、臨床推論の核です。
脳画像は、その主軸を考えるための重要な材料になります。
3-4.“やらないこと”を決められる
質の高い臨床推論は、足し算だけでなく引き算です。
脳画像を見ると、
「今はまだそれを主目標にしない方がよい」
という判断がしやすくなります。
たとえば、
広範囲の前頭葉病変で注意保持が難しい → 複雑な二重課題を早期から詰め込みすぎない 強い皮質脊髄路の障害が想定される → 分離運動の追求だけに固執しない 脳幹病変で嚥下機能のリスクが高い → 負荷量を慎重に調整する 右半球皮質病変で無視が強い → 単純な反復だけで“できないのはやる気の問題”と誤解しない
「やること」を増やすのは簡単ですが、
「今はやらない」を決めるのは、推論が必要です。
脳画像は、その引き算を支える根拠になります。
3-5.リスク管理の精度が上がる
脳画像を見られることは、安全管理にも直結します。
セラピストは、機能訓練だけでなく、負荷量を調整する職種です。
そのためには、病変の部位や広がりを踏まえたリスク感覚が必要です。
特に注意したいのは、
脳幹病変 広範囲病変 出血性病変 再発・多発病変 重度の高次脳機能障害を伴う病変
こうした症例では、
「できるかどうか」だけでなく、
**「どの順序で、どの負荷で進めるか」**が重要です。
脳画像は、過度に怖がるためではなく、
安全に攻めるために見るものです。
4.PT・OT・STそれぞれにとっての“脳画像を見る意味”
PT・OT・STで見るべきポイントは共通部分も多いですが、職種ごとに強みと焦点が異なります。
ここを分けて考えると、チーム全体の議論が整理しやすくなります。
4-1.PTにとっての意味
PTは、姿勢制御・移動・歩行・耐久性・運動学習の設計が中心になります。
そのため、脳画像を見ることで以下の推論がしやすくなります。
運動出力の障害が強そうか(皮質脊髄路の影響) 感覚入力の障害が強そうか(視床・頭頂葉など) 姿勢制御の難しさがどこから来ていそうか(小脳・脳幹・半球性病変) 注意・無視の影響が移動にどの程度乗っていそうか 歩行練習を“運動課題”として進めるか、“認知課題”として組み込むか
同じ「歩けない」でも、理由が違えば戦略は変わります。
脳画像は、その戦略を立てる土台になります。
4-2.OTにとっての意味
OTは、上肢機能、ADL、IADL、高次脳機能、生活再建の設計に強みがあります。
脳画像を見ることで、次の推論の精度が上がります。
上肢麻痺がどの程度“回復狙い”でいけそうか 失行・失認・無視・注意障害の背景がどこにありそうか 遂行機能障害が強く出やすい病変パターンか ADL練習でつまずくポイントが身体機能なのか認知なのか 代償手段の導入時期をどう考えるか
OTの臨床では、
「できない理由が運動なのか、認知なのか、両方なのか」
を見分けることが非常に重要です。
脳画像は、その見立てを支える大きなヒントになります。
4-3.STにとっての意味
STは、言語・コミュニケーション・嚥下・認知コミュニケーションの評価と介入を担います。
脳画像を見ることは、STにとっても非常に重要です。
失語症が出やすい部位か(左半球皮質領域) 構音障害の背景が皮質・皮質下・脳幹のどこか 嚥下障害のリスクが高まりやすい病変か(脳幹、両側性など) 注意・覚醒・認知の影響がコミュニケーションにどれだけ乗っているか 高次脳機能障害を伴う可能性があるか
特に嚥下では、
「いま食べられるかどうか」だけでなく、
なぜこのパターンが起きているかを考えるために病変情報が大切です。
STが脳画像を見ているチームは、嚥下・言語の説明力が上がり、医師や看護師との連携も深まります。
5.セラピストが画像を見るときに議論すべき論点
脳画像を見ても、議論が「部位当てクイズ」になると臨床にはつながりません。
大事なのは、何を議論するために画像を見るのかを明確にすることです。
以下は、臨床推論を鍛えるために有効な論点です。
論点1.病変部位と症状の整合性
病変部位はどこか その部位で現在の症状は説明できるか 説明しきれない症状は何か
ここでのポイントは、「合っているか」だけでなく、
**“合わない部分を見つけること”**です。
違和感があるところに、追加評価のヒントがあります。
論点2.病変の量と広がり
病変は限局的か、広範囲か 皮質病変か、皮質下病変か 片側か、両側影響がありそうか
病変の量と広がりは、予後仮説や練習量の設定に関わります。
“やれば伸びる”の前に、構造的な見立てを持つことが重要です。
論点3.どの神経回路が主に影響を受けていそうか
運動系(出力) 感覚系(入力) 注意・遂行機能系 視空間認知系 嚥下・呼吸・構音に関わる系
病変部位そのものより、
**「どの回路が障害されているか」**という見方をすると、介入戦略に直結しやすくなります。
論点4.回復の主軸は何か
これはチームで必ず話したいポイントです。
感覚入力の再構築が主軸か 体幹・姿勢制御が主軸か 注意・認知補償が主軸か 代償獲得が主軸か 安全管理が主軸か
リハは全部大事です。
でも、全部を同じ重みで進めるとぼやけます。
主軸を1つ決めるだけで、介入の一貫性が生まれます。
論点5.何を“やらない”か
いまはまだ優先しない課題は何か かえって混乱や失敗体験を増やす可能性はないか リスクに対して負荷が過大になっていないか
この引き算の議論ができるチームは強いです。
画像を見ている意味が、ここで出ます。
論点6.1週間の具体戦略に落とし込めているか
画像を見て議論したら、最後は必ず行動に落とします。
今週の主目標は何か どの場面で練習するか どの職種が主導するか 何を指標に再評価するか
画像カンファが“勉強会”で終わるか、“臨床を動かす会議”になるかは、ここで決まります。
6.脳画像を読む文化がない職場で起こりやすいこと
脳画像を見ない文化が悪いわけではありません。
忙しい現場では、どうしても評価・訓練・記録で手一杯になります。
ただ、脳画像を見ない文化が続くと、次のような問題が起こりやすくなります。
6-1.評価が“点”になりやすい
評価項目は増えても、全体像がつながらない。
「できないことリスト」はできるが、病態としての理解が浅くなりやすい。
6-2.介入が“経験則だけ”になりやすい
経験は強力ですが、経験だけだと再現性が下がります。
後輩に教えるときも、「なんとなくこうする」になりがちです。
6-3.チーム内で説明がバラバラになる
PT・OT・ST・看護・医師で見立ての軸がそろわないと、患者さんや家族への説明にズレが出ます。
6-4.新人が「考え方」を学びにくい
症例経験を重ねても、推論の型を教えないと、成長は個人差が大きくなります。
脳画像は、新人に“考え方の型”を教える教材として非常に有用です。
7.明日から使える:臨床推論型カンファの基本フォーマット
「脳画像を見よう」と言っても、実際の現場では時間が限られます。
そこでおすすめなのが、**短時間でも回せる“推論型の型”**を作ることです。
以下は、PT・OT・STの症例カンファで使いやすい基本フォーマットです。
症例カンファの7つの問い(そのまま使える形)
病変部位はどこか? (皮質/皮質下/脳幹/小脳、左右、広がり) どの神経回路が主に影響を受けていそうか? (運動、感覚、注意、視空間、言語、嚥下 など) 現在の症状と整合性はあるか? (説明できる症状/説明しきれない症状) 予後の仮説はどうか? (伸びやすい領域、長期戦になる領域、代償の必要性) 今の回復の主軸は何か? (何を一番の軸にするか) 今はやらないことは何か? (優先しない課題、負荷をかけすぎない領域) 1週間の具体戦略は? (誰が、何を、どこで、どの指標でみるか)
この7つの問いを固定するだけで、
「画像を見たけど結局どうするの?」が激減します。
脳画像を“知識”ではなく“臨床の言葉”に変えられるようになります。
8.新人〜中堅〜リーダーで求めるレベルを分ける
部署全体で取り組むなら、全員に同じレベルを求める必要はありません。
むしろ、段階を分けた方が定着します。
新人(1〜2年目)
目標は「部位と症状を結びつける」こと。
右左が分かる 大脳/小脳/脳幹が分かる 皮質/皮質下が分かる 主要部位をざっくり言える 症状との整合性を考えられる
中堅(3〜5年目)
目標は「予後仮説と主軸設定」まで行くこと。
病変の広がりから予後仮説が立てられる 介入の主軸を決められる やらないことを決められる 他職種と共有しやすい言葉にできる
リーダー・主任以上
目標は「チームの推論を整える」こと。
若手の推論を引き出せる 論点を整理できる 医師とのやり取りをチームに翻訳できる 家族説明に一貫性を持たせられる
この段階設計があると、
“脳画像が得意な人だけ頑張る”状態を防げます。
9.よくある疑問と答え(現場で出やすい声)
Q1.忙しくて画像を見る時間がないです
その通りです。現場は本当に忙しいです。
だからこそ、最初から完璧を目指さないことが大事です。
おすすめは、1症例につき最初は3点だけです。
どこに病変があるか 広いか狭いか それで何が起こりそうか
これだけでも、臨床の見え方は変わります。
Q2.MRIやCTの見方に自信がありません
自信がなくて当然です。
最初から一人で読もうとしなくて大丈夫です。
医師の説明を聞きながら見る 診療録の画像所見と照らし合わせる 先輩と一緒に「場所」と「症状」をつなげる
この繰り返しで十分伸びます。
大事なのは「正解を当てること」ではなく、
**“仮説を言葉にすること”**です。
Q3.画像を見ても、訓練内容は結局同じでは?
一部は同じです。
でも、同じ訓練でも目的と負荷設定が変わります。
例えば歩行練習でも、
運動出力の改善を狙っているのか 感覚入力を整理したいのか 注意の偏りを修正したいのか 代償手段の獲得を優先しているのか
で、声かけ・環境設定・評価指標が変わります。
ここが、経験者と推論できるセラピストの差になります。
10.まとめ:脳画像は“見ること”が目的ではない
PT・OT・STが脳画像を見る必要性を一言でまとめると、
それは臨床推論の精度を上げるためです。
脳画像を見ることで、
症状の背景が分かる 予後の仮説が立つ 回復の主軸が決まる やらないことを決められる リスク管理の精度が上がる チームの共通言語ができる
ようになります。
重要なのは、放射線科医レベルの読影力ではありません。
セラピストに必要なのは、
「病変 → 神経回路 → 機能障害 → リハ戦略」
の流れで考えられる力です。
脳画像は、その思考を支える強力な土台になります。
もし職場で「画像を見よう」という文化がまだ弱くても、心配はいりません。
最初は1枚の画像から、1つの症状を結びつけるだけで十分です。
そこから少しずつ、チームで“考える言葉”を増やしていけば、臨床は確実に変わっていきます。
PT・OT・STにとって脳画像を見ることは、知識のためではなく、
患者さんをより深く理解し、よりよいリハビリを組み立てるための実践力です。