脳卒中における麻痺の改善は何で起こるのか?
「脳が治るのか」「学習なのか」その答えを簡単に言い切れない理由
脳卒中のリハビリをしていると、一度はこう考えると思います。
麻痺の改善って、結局何で起こるんだろう。
この問いは、すごく大事です。
でも、きれいに一言で説明しようとすると、どうしても無理が出てきます。
「脳の可塑性です」
そう言ってしまえば、それっぽく聞こえます。
「課題志向で反復することが大事です」
これも、もちろん間違いではありません。
でも臨床で患者さんを見ていると、そんなに単純な話ではないことに気づきます。
歩けるようになってきた。
手が少し使えるようになってきた。
立ち上がりが安定してきた。
その変化は、本当に麻痺そのものの回復なのか。
動き方を学び直した結果なのか。
代償がうまくなったのか。
あるいは廃用が軽くなって、動ける条件が整ってきたのか。
こう考えると、麻痺の改善をひとつの理論で説明しきるのは難しいことがわかります。
だから今回は、
脳卒中における麻痺の改善は何で起こるのか
このテーマを、できるだけ整理して考えてみたいと思います。
まず押さえたいのは、麻痺の本体は筋肉ではないということ
最初に外してはいけないのはここです。
脳卒中の麻痺は、筋肉そのものの病気ではありません。
問題の本体は、中枢神経系の損傷です。
脳の運動に関わる領域や、そのつながりが損傷されることで、
動こうとする指令がうまく作れない。
あるいは、うまく伝わらない。
うまく調整できない。
その結果として、麻痺が起こります。
つまり、麻痺を見たときにまず考えるべきなのは、
「筋力が弱い」より先に、
「中枢からの運動出力に問題が起きている」
ということです。
もちろん、脳卒中のあとには筋力低下も起こります。
でもそれは、麻痺の本体というより、麻痺や不活動の結果として重なってくる二次的な問題です。
流れとしては、
脳の損傷が起きる
→ 運動出力が低下する
→ うまく動けない
→ 活動量が落ちる
→ 廃用や筋力低下や拘縮が重なる
こう捉えたほうが、臨床には合っています。
麻痺の改善を考えるなら、まずは「中枢の回復」と「再学習」
では、その麻痺は何で改善していくのか。
ここで軸になるのは、私は次の2つだと思っています。
ひとつは、残された中枢機能の回復。
もうひとつは、課題を通じた再学習。
この2つです。
中枢は回復する。でも、その説明はそんなに簡単ではない
脳卒中のあと、すべてが完全に失われるわけではありません。
損傷周囲を含め、残された中枢機能の中で、ある程度回復していく部分があります。
ここでよく使われるのが、可塑性という言葉です。
たしかに、可塑性という考え方は大事です。
ただ、この言葉は便利な一方で、かなり曖昧でもあります。
可塑性というと、何となく
「脳が再編されて、うまく回復していく」
というイメージで語られがちです。
でも実際には、
損傷周囲の機能が戻ってきているのか 残った別の領域が補っているのか もともとある回路の使い方が変わったのか 代償的な戦略が身についているのか
このあたりを、きれいに切り分けるのは簡単ではありません。
最近は「ネットワークの再編」という言い方もよく見かけます。
これも仮説としては十分あり得ると思います。
でも、それが実際にどの程度、回復に寄与しているのかは、まだはっきりしていない部分が多いはずです。
皮質の損傷周囲の変化なら、まだイメージしやすい。
でも、それ以外の広いネットワークまで含めて、
「こう再編されるから、こう回復する」
と簡単には言えません。
だから私は、ここを言い切りすぎないほうがいいと思っています。
中枢神経系の変化は、おそらく回復に関与している。
でも、その中身をきれいに説明しきれるほど単純ではない。
このくらいの距離感が、一番誠実ではないかと思います。
もうひとつ大きいのは、課題を通じた再学習
麻痺の改善を考えるうえで、もうひとつ外せないのが再学習です。
脳卒中のあと、患者さんは以前と同じやり方では動けなくなります。
でも、残された機能を使いながら、少しずつ動作を学び直していきます。
立ち上がる。
座る。
手を伸ばす。
体重を乗せる。
歩く。
こうした行為を繰り返す中で、動作が少しずつ成立していく。
これは単なる筋力の話ではありません。
どうすれば目的の行為が成立するのかを、身体を通して学び直していく過程です。
だから、意味のある課題を繰り返すことが大事になります。
ただ関節を動かされるだけではなく、
ただ筋を触られるだけでもなく、
実際の行為に近い課題を、本人が反復して経験すること。
ここに、リハビリのかなり大きな意味があります。
ただ、臨床で見えている「改善」はそんなにきれいに分かれない
ここが、このテーマを難しくしている一番の理由かもしれません。
私たちはつい、改善を見たときに
「これは回復だ」
「これは代償だ」
と分けて考えたくなります。
でも、実際はそんなにきれいではありません。
たとえば歩行が良くなったとしても、その中には
麻痺側の出力が少し上がった 体幹の使い方がうまくなった 非麻痺側の使い方が洗練された バランスの取り方を学習した 恐怖心が減った 練習によって効率が上がった 代償がうまくなった
こうしたことが全部混ざっているかもしれません。
つまり、私たちが臨床で見ている「改善」の中には、
回復
再学習
代償
慣れ
廃用の軽減
こうしたものが入り混じっています。
これを厳密に切り分けるのは、かなり難しいです。
だから、麻痺の改善をひとつの理論で説明しきろうとしないことが大事だと思います。
特に、可塑性という言葉は便利ですが、使い方を間違えると「わかった気になる」危険があります。
本当は、
何がどれだけ効いているかは、そこまではっきり言えない。
そこを認めたうえで臨床に向き合うほうが、むしろ地に足がついています。
廃用予防は主役ではない。でも軽く見てはいけない
ここで次に大事になるのが、廃用予防です。
麻痺の本体は中枢の問題です。
だから、廃用予防そのものが麻痺を治しているわけではありません。
でも、廃用を放っておくと、回復や再学習を進めるための条件がどんどん悪くなります。
筋力が落ちる。
持久力が落ちる。
関節が硬くなる。
痛みが出る。
起きていられない。
十分な反復量が確保できない。
こうなってしまうと、どれだけ課題練習が大事だと言っても、その前提が崩れてしまいます。
だから廃用予防は、主役ではないけれど、軽く見てはいけません。
私はここを、
麻痺を直接治すものではないが、麻痺の回復と再学習を支える条件整備
と捉えるのが一番しっくりきます。
ここまで来て、やっと筋力の話が出てくる
この順番まで来て、はじめて筋力の話が出てきます。
脳卒中の麻痺を考えるとき、筋トレを最初に持ってくると問題がぼやけやすい。
それは、麻痺の本体が筋ではないからです。
ただし、だからといって筋力への介入が不要という話でもありません。
脳卒中後には、麻痺だけでなく、廃用による筋力低下や持久力低下も重なります。
その結果、立ち上がりや移乗や歩行がさらに難しくなります。
このときの筋力への介入は、
麻痺そのものを直接治すためというより、
課題練習を成立させるための出力や耐久性を支えるため
という意味合いが強くなります。
つまり、位置づけとしては本丸ではなく補助です。
ここを逆にしてしまうと、
筋力だけを見て終わるリハビリになりやすい。
それでは、生活にはつながりにくくなります。
結局、課題志向は何を治しているのか
ここまで来ると、また最初の問いに戻ります。
結局、課題志向は何を治しているのか。
これも、やはりひとつでは説明できません。
課題志向は、何かひとつの病態だけを狙って治しているというより、
残された機能を引き出す 動作を再学習する 代償を含めて行為を成立させる 練習量を増やす 廃用を防ぐ
こうしたものを、まとめて前に進めているのだと思います。
だから私は、課題志向を
「何か1つを治す治療」
というより、
「できる行為を増やしていく治療」
として捉えるほうが、臨床には合っていると思っています。
それでも、リハビリは治療です
ここまで考えると、
リハビリは治療なのか?
という問いにもつながります。
私は、リハビリは治療だと思っています。
ただし、薬や手術のように、病変そのものを直接治す治療とは少し違います。
リハビリは、課題設定された運動を通して、機能やADLや生活を取り戻していく治療です。
言い換えるなら、
リハの世界では、課題設定された運動が薬のようなもの
です。
何を課題にするのか。
どれくらい反復するのか。
どのくらいの難しさにするのか。
その人にとって意味があるのか。
それによって、効き方は大きく変わります。
だからリハビリは、ただの「練習」ではありません。
運動を処方する治療だと考えたほうが、実態に近いと思います。
まとめ
麻痺の改善を、ひとつの言葉で片づけない
脳卒中における麻痺の改善は、ひとつの言葉では割り切れません。
麻痺の本体は中枢神経系の損傷です。
その改善には、残された中枢機能の回復と、課題を通じた再学習が関わっていると考えられます。
ただし、その中身を
「回復」
「代償」
「可塑性」
「ネットワーク再編」
ときれいに分けて説明するのは簡単ではありません。
だからこそ、理論を言い切りすぎないことが大事です。
そのうえで臨床では、意味のある課題を反復し、患者さんの行為を実際に変えていくことに向き合う。
そこが、リハビリの中心になります。
廃用予防も、筋力維持も、姿勢調整も大事です。
でもそれらは、主役というより、回復と再学習を支える条件整備として考えたほうがブレにくい。
結局のところ、リハビリは動いてなんぼです。
そしてその「動き」は、ただの運動ではありません。
生活につながるように設計された運動課題。
それこそが、脳卒中リハビリにおける治療の中心なのだと思います。